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The Sermon to the Birds (Giotto) 
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アッシジの聖フランチェスコと小鳥たち



PAXLUNAの小鳥のインスピレーションは、聖フランチェスコ(クツミ)です。聖フランチェスコは小鳥に説教したことで有名です。

聖フランチェスコのエネルギーは、存在するすべてのものと交感する喜びが基本だと思います。聖フランチェスコのエネルギー=清貧と言われますが、彼は自然界から豊かに受け取ることを知っていたのだと思います。だから、受け取らない・やせ我慢するという清貧ではなく、豊穣のエネルギーを自然界から受け取った結果の質素さだったのだと思います。

PAXLUNAの名前は牧神パンからのインスピレーションですが、ずっと以前から聖フランチェスコ、そしてクツミのエネルギーのサポートを意識しています。

植物界、鉱物界、動物界、天使界とのつながりをサポートしてくれるというクツミは、庭師としての人間の(再)誕生のために働いています。

庭とは、エデンの園/天国のメタファーであり、そこに帰還することが私たちすべての存在が目指しているプロセスでもあります。そしてそのプロセスは、私たちが今ここ三次元で(地上で)天国を築くというコミットメントをするときに初めて可能になるのです。

つまり、神の愛が創造した園である天国から地上に降りてきた私たちは、自分たちの神性をもう一度思い出す(=自分が創造主であるということに目覚める)ことで今ここにいながらにして天国への帰還を果たすのです。 それが庭師(創造主)としての人間の(再)誕生。

今ここを離れてどこかに行くことではなく、今ここで目覚めて生きること。すべての存在とともに、ひとつの生命のタペストリーに織り込まれている至福を感じながらも、そのタペストリーを俯瞰することのできる高い視点を持ちそれを責任と愛をもって織り成すこと。 そのような状態に人間が完全に移行するとき、これまでのように犠牲や奪うという形(死を介する形)で鉱物界や植物界からエネルギーをもらわなくても、私たちはただ彼らの愛のエネルギーを完全に受け取ることができる状態になるのだと思います。

現在移行しつつある新しい時代=水瓶座の時代のキーワードとして、共同創造というものがあります。 これは、ただやみくもに他者や他の存在の犠牲の上に成り立つ創造ではなく、万物への深い理解と愛、そして庭師としての人間の神聖さに基づくものではないでしょうか。

聖フランチェスコの実家は裕福な織物商人でした。聖フランチェスコは、眼に見える高価な織物ではなく、見えない神秘の生命のタペストリーの秘密に触れ、森羅万象と共感する感性を回復させた聖人であったのだと感じます。

PAXLUNAでは、こうした聖フランチェスコ、そしてクツミのエネルギーに沿った商品やサービスを提供していけたら・・・そう思っています。